not for the life of me

Little girls don’t stay little forever. Thay grow into strong women that return to destroy your world. ーKyle Stephens

感想『先生の白い嘘』7巻

kc.kodansha.co.jp

 

性暴力被害の話なので読み進めるの大変なんですが。

7巻まで読んでみた結果、どうしても憤りを感じてしまう内容。

どこか引っかかりながら読み進めていたけどさすがに我慢ならなくなってきた。

憤りポイントをいくつかまとめておく。

 

 

・なぜ当事者間で解決させようとするのか

 

これはヤマシタトモコひばりの朝』にも言えることだけど、重大な性犯罪被害を、なぜか当事者間の問題としてまとめようとする。第三者に助けを求めたり、警察に被害届を出したり、そうした行動をとることが登場人物たちの認識からすっぽり抜け落ちている。たまにそうした行動を取るよう促す人物が現れても、流される。

単純に犯罪を当事者間の問題にしようとしていることが問題なのではなく、(説明が難しいが)差別や暴力を、当事者の心情や性格、家庭背景だけで説明しようとしすぎで、かなり危険に感じる。

 

 

・女性の自己批判につながる

 

「女は弱い」とか、「女のアソコが怖い」とか、とにかく問題を女性性に帰属させる。「知らんがな」としか思えない。明らかに加害者である早藤に問題があるように見えて、必ず女性性への批判につながる。

早藤が女性に暴力を振るうのも、母親がDVを受けているのを目の当たりにしてきたが故に「女って弱いから腹立つ」という感情を膨らませてきた結果らしいことが7巻で判明し、かなりげんなりした。著者は意図していないだろうけど、被害者である女にすべての原因を帰属させるだけでかなり問題だし、まず話の筋がかなり悪い。レイプシーンでもDVシーンでもなんでも、女が暴力を振るわれている場面から必ず「女であることが憎い」に繋がる。強烈な被害者非難で、読んでいてまったく救われた気分にもならないしエンパワーされないしただただ不愉快。 

著者がなぜここまで執拗に女性性や女性器の異質さ・異様さ・恐ろしさを煽るのかがわからない。最近のインタビューでは、女性器についての知識を半数の女性は男性から教わっていると述べている。

男性も女性も限らず、すべての人が怖いわーって思ってるわけじゃないですよね。だけど、女性は実感として自分のあそこがどうなっているのか知ってる人が少ない。仮に知っていたとしても、半数くらいは最初に性交したときに男の人に教わってるわけですよね。十代の女の子だと、男の人がどうするのかに頼らざるをえないから。

女性の「あそこ」はどうして怖いものになってしまったのか?|『先生の白い噓』7巻発売記念、鳥飼茜インタビュー|鳥飼茜|cakes(ケイクス)

ここを読んだとき、「え???」と、非常に驚いてしまった。小学校高学年くらいから生理が始まって、女性器だけでなく身体全体の変化を強く感じ始めると思うし、婦人科検診などで内診されれば嫌でもわかる。「実感として自分のあそこがどうなっているのか知ってる人が少ない」ってほんとうにそうなの? さらに、「十代の女の子だと、男の人がどうするのかに頼らざるをえない」などと思ったことも他人からそう言われたことも一度もないので、この著者の感覚が一切理解できない。

著者の感覚を抜きにしても、性暴力という、女性と男性の双方の身体にかかわる問題にについて、なぜここまで執拗に「女性器の怖さ」だけで語ろうとするのか、心底理解に苦しむ。私は性暴力被害者だけど、自分の身体より男性の身体のほうがよっぽど怖い。

あと、 7巻に出てくる「女は一人で怒るときが一番強い」とかも、どういう話の展開があればこういうセリフが出てくるのか、正直まったく意味がわからない。

 

 

・美鈴と新妻の関係

 

男性からの暴力経験からの回復を、別の男性からの愛情で成し遂げようとするプロット自体がっかりするけど、それ以前に美鈴と新妻は教員と生徒の関係にある。両者にどんな背景があったとしても、教員と生徒の関係にある者同士が恋愛関係に至ることは、少なくとも教職倫理に反することだし、暴力からの回復をまた別様の暴力を生み出しそうな関係性で果たそうとすることに強い拒否感がある。

 

 

 

こういうテーマで漫画描くならもっと真面目にやれよと、怒りが収まらなくなってきた。

あと、もういい加減、性暴力をテーマにした漫画で、加害者にはほとんど語らせずに、被害者にばかり多くを語らせ、考えさせるのはやめてほしい。